遺言執行者とは?なぜ「遺言の実現」に必要なのか
「大切な家族のために、遺言書を書いておこう」そうお考えになるのは、とても素晴らしいことです。しかし、せっかく書いた遺言書も、その内容を実際に手続きしてくれる人がいなければ、残念ながらただの紙切れになってしまうかもしれません。
そこで重要な役割を果たすのが「遺言執行者(ゆいごんしっこうしゃ)」です。遺言執行者とは、一言でいえば「遺言書に込められたあなたの想いを、現実の形にするための実行役」です。いわば、あなたの最後の意思を実現するための、信頼できるパートナーのような存在と言えるでしょう。
このセクションでは、まず遺言執行者の基本的な役割と、その法的な権限について、わかりやすく解説していきます。
遺言執行者の役割は「遺言内容の実現」
遺言執行者の最も大切な役割は、その名の通り「遺言の内容を執行する」、つまり実現することです。
例えば、遺言書に「長男に自宅不動産を相続させる」「次女にA銀行の預金を相続させる」と書かれていたとします。しかし、何もしなければ不動産の名義は自動的に変わりませんし、銀行も預金を引き出させてはくれません。
遺言執行者は、こうした法的な手続きをすべて引き受ける責任者となります。具体的には、以下のような多岐にわたる任務を担います。
- 相続人の調査・確定
- 相続財産の調査と財産目録の作成
- 相続人全員への遺言内容の通知
- 預貯金の解約・払い戻し手続き
- 不動産の名義変更(相続登記)
- 株式などの有価証券の名義変更
- 各相続人への遺産の引き渡し
これらの手続きを、遺言者の意思に沿って、正確かつ公平に進めていくのが遺言執行者の使命です。
遺言執行者の権限の範囲【民法改正で強化】
遺言執行者は、遺言を実現するために非常に強い権限を持っています。特に2019年7月の民法改正により、その立場はさらに強化されました。
改正後の民法では、遺言執行者の地位が明確化され、従来の「相続人の代理人」とみなす規定は削除されました。代わりに、遺言執行者は「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)と定められ、その独立した立場と権限がより明確になったのです。これは、遺言執行者が特定の相続人の味方をするのではなく、あくまで遺言者の意思を実現するための中立的な立場で行動することを示しています。
この改正で特に重要になったのが、相続人による妨害行為への対抗力です。例えば、遺言執行者がいるにもかかわらず、一部の相続人が勝手に遺産を処分(売却など)してしまった場合、改正民法により、その行為は原則として無効だと主張できるようになりました。ただし、遺産が売却された先の相手(第三者)が、遺言執行者がいることを知らなかった(善意であった)場合など、状況によっては無効を主張できないケースもありますので、個別の事情に応じた判断が必要です。
このように、法的に強力な後ろ盾を得たことで、遺言執行者はよりスムーズかつ確実に遺言内容を実現できるようになったのです。
遺言執行者を定める5つの大きなメリット
では、具体的に遺言執行者を定めておくと、どのような良いことがあるのでしょうか。ここでは、特に重要な5つのメリットについて、一つひとつ詳しく見ていきましょう。これらのメリットを知ることで、なぜ遺言執行者の存在が「円満な相続」に不可欠なのか、きっとご理解いただけるはずです。

メリット1:相続手続きが圧倒的にスムーズになる
遺言執行者を選任する最大のメリットは、相続手続きが驚くほどスムーズに進むことです。
通常、銀行で預貯金を解約したり、証券会社での相続手続きをする場合、原則として相続人全員の署名と実印、印鑑証明書が必要になります。相続人が多かったり、遠方に住んでいたり、あるいは日中忙しくて時間が取れなかったりすると、書類を一つ集めるだけでも大変な手間と時間がかかってしまいます。また、遺言内容に不満のある相続人が手続きに協力してくれないかもしれません。
しかし、遺言執行者がいれば、基本的に遺言執行者単独の権限で預貯金解約などの相続手続きをすることができます。これにより、相続人全員からハンコをもらう必要がなくなるため、手続きが停滞することなく、迅速に進められるようになります。
メリット2:相続人間の無用なトラブルを未然に防げる
相続が「争続」になってしまう原因の一つに、相続人間の不信感があります。例えば、相続人の一人が代表して手続きを進める場合、他の相続人から「財産を隠しているのではないか」「手続きが不透明で不安だ」といった疑念を抱かれてしまうケースは少なくありません。
その点、法律の専門家など中立的な第三者を遺言執行者に指定しておけば、公平な立場で客観的に手続きを進めてくれます。財産の内容はすべて明確に開示され、法律に則って正確に分配されるため、相続人同士がいがみ合ったり、疑心暗鬼になったりするのを防ぐことができます。これは、残された家族の絆を守る上で非常に大きなメリットです。
メリット3:遺言内容に反対する相続人の妨害を防げる
残念ながら、すべての相続人が遺言の内容に満足するとは限りません。中には、内容に不満を持ち、手続きに協力しなかったり、勝手に遺産を使い込んだりする人が現れる可能性もあります。
先ほども触れましたが、民法改正によって遺言執行者の権限は強化されました。遺言執行者がいる場合、相続人は遺言執行者の職務を妨害するような行為(遺産の勝手な処分など)をすることができません。もしそのような行為があっても、遺言執行者は法的にその行為を無効にできます。
この強力な権限により、遺言執行者はあなたの意思を断固として守り、確実に実現することができるのです。
メリット4:相続人の精神的・時間的負担を大幅に軽減できる
大切なご家族を亡くされた悲しみの中で、複雑で煩雑な相続手続きを進めるのは、精神的にも時間的にも非常に大きな負担となります。
戸籍謄本を何通も集めたり、慣れない書類を作成したり、平日の昼間に何度も役所や金融機関に足を運んだり…。これらの作業をすべて相続人だけで行うのは、本当に大変です。
遺言執行者にすべてを任せることができれば、相続人の皆様はこうした手続きの煩わしさから解放されます。故人を偲ぶ時間に専念できるという点は、数字には表せない、とても大切なメリットと言えるでしょう。
メリット5:遺言でしかできない「子の認知」や「相続人廃除」が可能になる
遺言書で実現できることの中には、遺言執行者がいなければ実行できないと法律で定められているものがあります。
代表的なものが、「子の認知」と「相続人の廃除・取消」です。
- 子の認知:婚姻関係にない男女間に生まれた子を、自分の子として法的に認めること。
- 相続人の廃除:被相続人に対して虐待や重大な侮辱などを行った相続人から、相続権を剥奪すること。
これらの非常に身分に関わる重要な事項は、遺言執行者だけが家庭裁判所への申立てなどの手続きを行えます。もし、こうしたお考えをお持ちの場合は、遺言執行者の選任が必須となります。
もし遺言執行者を選任しないと…起こりうる3つのリスク
これまでメリットを見てきましたが、逆に遺言執行者を定めておかなかった場合、どのような問題が起こりうるのでしょうか。これは決して誰かを脅かすためではなく、「こんなはずではなかった」という事態を避けるための大切な知識です。実際に、トラブル「遺言執行者を定めていない遺言はトラブルの元!」になりかねません。

リスク1:手続きが停滞・頓挫する
遺言執行者がいない場合、すべての手続きは相続人全員の協力がなければ進みません。もし相続人の一人でも「協力したくない」「実印を押したくない」「海外にいて連絡が取れない」といった状況になれば、その時点ですべての手続きがストップしてしまいます。
その結果、預貯金は引き出せず、株式の名義も変えられない「塩漬け」状態に。いつまで経っても遺産を手にすることができず、相続人全員が困り果ててしまうという事態に陥る危険性があります。
リスク2:相続人同士の関係が悪化する
誰が手続きの主導権を握るのか、誰が費用を立て替えるのか、誰が平日に仕事を休んで役所に行くのか…。遺言執行者がいないと、こうした現実的な問題が次々と発生し、相続人間の不満や対立の火種となります。
最初は仲が良かったはずの兄弟姉妹が、相続手続きをきっかけに関係がこじれてしまう、というのは非常に悲しいことですが、決して珍しい話ではありません。中立的な調整役がいないことで、些細なすれ違いが大きな溝になってしまうのです。
リスク3:遺言者の想いが実現されない
手続きが停滞したり、相続人同士が対立したりした結果、最も悲しいのは、遺言書に込められたあなたの想いが実現されないことです。
手続きの煩雑さに疲れ果てた相続人たちが、「もう遺言は無視して、法律で決まった通り(法定相続分)に分けよう」と合意してしまうかもしれません。そうなれば、あなたが悩み抜いて決めた財産の分け方は、すべて無かったことにされてしまいます。
遺言執行者は、こうした事態を防ぎ、あなたの最後の意思を最後まで守り抜く「想いの番人」でもあるのです。
遺言執行者は誰に頼むべき?司法書士が最適な理由
「遺言執行者の重要性はわかったけれど、いったい誰にお願いすればいいの?」という疑問が湧いてくるかと思います。ここでは、相続人を執行者にする場合の注意点と、専門家である私たち司法書士にご依頼いただくことのメリットについて解説します。
相続人を執行者にする場合の注意点
もちろん、相続人の中から信頼できる方を遺言執行者に指定することも可能です。しかし、それにはいくつかの注意点があります。
特定の相続人が執行者になると、他の相続人から「自分に有利なように進めているのではないか」とあらぬ疑いをかけられ、かえってトラブルの原因になることがあります。また、執行者になった方は、専門的な知識が必要な煩雑な手続きを一人で背負うことになり、大きな負担を感じてしまうかもしれません。
良かれと思ってお願いしたことが、かえってその方を苦しめ、家族の関係を悪化させる引き金になる可能性も否定できないのです。
専門家(司法書士)に依頼する3つのメリット
そこで、私たちは専門家、特に司法書士を遺言執行者に指定することをおすすめしています。それには、明確な理由があります。
- 公平・中立な立場で執行できる
司法書士は、特定の相続人の利益のためではなく、あくまで遺言者の意思を実現するという目的のために、法律に基づき公平・中立な立場で職務を遂行します。これにより、相続人間の無用な疑念や対立を招くことがありません。 - 法律と実務の専門知識で迅速・正確に手続きできる
相続手続きには、民法や不動産登記法など、様々な法律知識が求められます。私たちは日々の業務でこれらの手続きに精通しているため、どこに何が必要かを熟知しています。これにより、手続きを迅速かつ正確に進め、ミスを防ぐことができます。 - 不動産の相続登記までワンストップで対応できる
相続財産に不動産が含まれる場合、最終的に法務局での名義変更(相続登記)が必須となります。これは司法書士の独占業務です。遺言執行を司法書士に依頼すれば、財産調査から預貯金解約、そして最後の不動産登記まで、すべての手続きを一つの窓口で完結させることができます。これは他の専門家にはない、司法書士ならではの大きな強みです。

特に司法書士への依頼をおすすめするケース
以下のようなケースでは、特に司法書士を遺言執行者に指定するメリットが大きいと言えます。ご自身の状況と照らし合わせてみてください。
- 相続財産の中に、ご自宅やアパートなどの不動産が含まれている
- 相続人の数が多かったり、それぞれ遠方に住んでいたりする
- 相続人同士の関係があまり良好ではなく、将来トラブルになるのが心配だ
- 仕事などで忙しく、相続人に手続きの負担をかけさせたくない
- 遺言の内容を、誰にも邪魔されず確実に実現してほしい
一つでも当てはまるようでしたら、ぜひ一度、専門家への依頼をご検討ください。
遺言執行者に関するよくあるご質問(Q&A)
最後に、遺言執行者についてお客様からよく寄せられるご質問にお答えします。
Q. 遺言執行者の報酬はどのくらいかかりますか?
A. 専門家に遺言執行を依頼する場合の報酬は、法律で一律に決まっているわけではありません。一般的には、相続財産の額に応じて一定の料率で計算される「料率制」や、業務内容に応じて決められる「定額制」などがあります。
報酬は決して安い金額ではありませんが、それによって得られる手続きのスムーズさやトラブル防止効果、相続人の負担軽減といったメリットを考えれば、十分に価値のあるものだとお考えになる方が多いです。具体的な費用については、財産の内容や想定される手続きによって異なりますので、ご相談の際にお見積りを提示させていただきます。お気軽にお尋ねください。
Q. 遺言執行者は必ず定めなければいけませんか?
A. 法律上、遺言執行者の選任は必ずしも義務ではありません。ただし、先ほどご説明した「子の認知」や「相続人の廃除」を遺言で行う場合には、必ず遺言執行者が必要です。
それ以外のケースでも、これまで解説してきたように、遺言執行者を定めておくことで、相続手続きが格段にスムーズになり、多くのトラブルを未然に防ぐことができます。あなたの想いを確実に実現し、残されたご家族が円満に相続を終えるためにも、私たちは遺言執行者を選任しておくことを強くおすすめします。
Q. 遺言執行者に指定されたら、断ることはできますか?
A. はい、断ることができます。遺言で一方的に遺言執行者に指定されたとしても、その就任を強制されることはありません。もし就任することが難しいと感じた場合は、「就職を辞退する」という意思表示をすることで、その役目を断ることが可能です。
もしご家族の誰かが遺言執行者に指定され、その負担の大きさに困っているような場合でも、ご安心ください。家庭裁判所に申し立てて新たな遺言執行者(例えば司法書士などの専門家)を選んでもらうといった方法もあります。お困りの際は、一度ご相談いただければと思います。
まとめ:円満な相続の実現は、信頼できる遺言執行者選びから
今回は、遺言執行者の役割やメリット、そして司法書士に依頼する意義について詳しく解説しました。
遺言執行者を定めることは、単に面倒な手続きを誰かに任せる、ということではありません。それは、あなたの最後の想いを確実に実現し、残された大切なご家族を無用な争いや負担から守るための、愛情のこもった「最後の備え」なのです。
遺言書を作成する際には、ぜひその内容を実現してくれる「遺言執行者」のことまでセットで考えてみてください。
名古屋高畑駅前司法書士事務所(代表司法書士:古島信一/愛知県司法書士会所属)では、遺言書の作成から遺言執行者の就任まで、トータルでサポートさせていただいております。もし、遺言執行者について少しでもわからないことやご不安なことがございましたら、どうぞお一人で悩まずにご相談ください。あなたの想いに寄り添い、最適な方法を一緒に考えさせていただきます。

